就職活動や転職活動で「SIer 年収」と検索すると、企業ごとのランキングや職種別の相場を紹介する記事が数多く出てきます。しかし、そうした数字を見る前に押さえておきたいのは、SIerという業種そのものが公的統計の分類には存在しないという事実です。同じ「SIer」と呼ばれる会社でも、親会社との関係や取引先との立ち位置によって、年収は数百万円単位で変わります。ランキングの順位だけを眺めるよりも、その差がどこから生まれているかを理解しておくと、志望企業選びの精度が上がります。
SIerの平均年収は何万円か、公的統計で見る実態
国税庁が実施している民間給与実態統計調査は、日本の給与所得者を対象にした最も規模の大きい公的統計のひとつです。令和6年分の調査によると、給与所得者全体の平均給与は478万円でした。これに対して、SIerが含まれる「情報通信業」の平均給与は659.5万円で、全産業平均を180万円ほど上回っています。前年からの伸び率も1.6%増と、他業種と比べて堅調に推移しています。
ただし、ここで注意したいのは、「情報通信業」という区分にはSIerだけでなく、ソフトウェア開発会社や通信キャリア、インターネットサービス企業なども含まれている点です。つまり659.5万円という数字は、SIer単体の平均年収ではなく、業界全体を大きくくくった目安に過ぎません。SIerという呼び方自体が業界内での慣用的な呼称であり、行政の統計上は独立した項目として存在しないため、会社ごとの実態を知りたければ、業界平均よりも個別企業のデータを見にいく方が確実です。その年収差を生んでいるのは、会社の成り立ちだけでなく、日々の取引の中でどのポジションを取っているかという商流の違いにあります。
SIerの年収に差が生まれる商流と会社分類の仕組み

SIerは、成り立ちの違いによって大きく5つのタイプに分けられます。就活情報でよく見る「ユーザー系」「メーカー系」といった呼び方は、どの親会社を持つか、あるいは持たないかという出自による分類です。
- メーカー系:電機メーカーの情報システム部門が独立した会社で、親会社のハードウェアと組み合わせた提案を得意とする
- ユーザー系:金融機関や商社などの情報システム部門が独立した会社で、グループ企業向けの開発を主力とする
- 独立系:特定の親会社を持たず、自社の営業力と技術力だけで顧客を開拓している会社
- コンサル系:経営課題の分析からシステム導入までを一貫して請け負う会社
- 外資系:海外本社の製品やプラットフォームを軸にした開発を担う会社
ここで見落とされがちなのが、この分類だけでは年収の高低を説明しきれないという点です。実際に年収を左右する度合いが大きいのは、分類よりもむしろ「商流」と呼ばれる取引の階層構造です。SIer業界は、顧客企業から直接仕事を受ける元請けを頂点に、一次請け、二次請け、三次請け以下へと仕事が流れていく多重下請け構造になっています。元請けは顧客との契約金額をそのまま利益に近い形で受け取れますが、下請けに回るほど、間に入る会社へのマージンが差し引かれ、同じ作業内容でも受け取る金額は目減りしていきます。
会社のタイプよりも、元請けの立ち位置を継続的に取れているかどうかが、年収水準に直結します。就活や転職で企業を比較する際は、「ユーザー系だから安心」「独立系だから不安定」という単純な図式ではなく、その会社が実際にどの商流に立っているかまで踏み込んで確認する視点が欠かせません。
具体例として、上場企業が開示している数字を見てみます。ユーザー系の大手であるNTTデータグループは、2025年3月期の有価証券報告書で平均年間給与923万円(平均年齢39.7歳)を開示していました。なお同社は2025年9月にTOBを経て上場廃止となっており、今後も同じ形式で年1回の開示が続くかどうかは変わる可能性があります。一方、コンサル系に分類されることが多い野村総合研究所は、2025年3月期の有価証券報告書で平均年間給与1,322万円(平均年齢39.9歳)を開示しており、前年から51万円増加しています。同じ「大手SIer」という括りで語られがちな2社でも、開示されている数字にはこれだけの開きがあります。
有価証券報告書で「本当の年収」を自分で調べる方法
先ほど紹介した2社の数字は、いずれも転職サイトの独自集計ではなく、上場企業に開示が義務づけられている有価証券報告書(通称:有報)の「従業員の状況」欄に記載された公式データです。有報は誰でも無料で閲覧できるため、志望企業が上場企業であれば、ランキング記事に頼らずに自分の手で一次情報を確認できます。
金融庁が運営する開示書類検索システムEDINETにアクセスします。
書類検索の画面で志望企業名を入力し、直近の有価証券報告書を開きます。
「従業員の状況」という項目を探し、平均年間給与・平均年齢・平均勤続年数の3点をあわせて確認します。
気になる企業を複数社ピックアップし、同じ条件で数字を横並びにして比較します。
平均年間給与だけを見て一喜一憂しないことも大切です。平均年齢が高い会社は勤続年数の長いベテラン社員の給与が数字を押し上げていることが多く、平均年齢が若い会社では、同じ数字でも実態としての給与水準はより高いと読み解けます。平均年齢とセットで確認すると、額面の比較だけでは見えてこない年収の質が見えてきます。
なお、非上場企業やベンチャー企業は有価証券報告書を開示する義務がないため、この方法では確認できません。求人票に記載された「モデル年収」も、入社直後の金額ではなく、数年後に一定の成果を出した社員を想定した金額であるケースが少なくありません。モデル年収は上限に近い数字が示されやすいという性質を踏まえたうえで、参考程度にとどめておく姿勢が安全です。
SIerとSESで年収の作られ方はどう違うのか
就活生や第二新卒が混同しやすいのが、SIerとSESの違いです。SIerは顧客からシステムの完成を約束する「請負契約」でプロジェクトを受注し、要件定義や設計といった上流工程を担う立場に立ちやすい業態です。一方でSESは「準委任契約」により、エンジニアの技術力や稼働時間を提供する契約形態で、成果物の納品責任を負わない代わりに、実装やテスト、保守運用といった下流工程を担当する場面が中心になります。
SIerの方が年収の相場が高いと言われやすいのは、この契約形態そのものよりも、元請けの立場を取りやすい構造にある点が大きな理由です。SESは多重下請け構造の下層に位置づけられやすく、間に入る会社の数だけマージンが重なります。もっとも、SIerとして採用されても、実態としては顧客先に常駐して下流工程を担う働き方に近くなっている場合もあり、会社の看板だけで年収水準を決めつけるのは早計です。求人票や面接では、自社が元請けとして受注している案件の比率を尋ねてみると、実態に近い商流を把握しやすくなります。
就活・転職で年収を見るときに気をつけたい視点

初任給の高さだけで企業を選ぶと、入社後のギャップにつながりやすくなります。SIer業界は年功要素の残る給与テーブルを採用している会社が多く、20代のうちは他業種と大きな差がつかない一方、30代以降にプロジェクトリーダーやプロジェクトマネージャーへ昇格すると、年収の伸び方が大きく変わっていく構造になっています。初任給ではなく、入社後何年でどの役割に就く社員が多いかという昇格モデルまで確認しておくと、将来の年収イメージがつかみやすくなります。
エンジニアとして技術を極める道と、マネジメントとして案件全体を統括する道では、年収の伸び方も評価される能力も異なります。技術志向であれば、上流工程に関われる会社かどうか、資格取得やスキルアップを支援する制度が整っているかどうかを見ておくとよいでしょう。マネジメント志向であれば、若手のうちからプロジェクトの一部を任せてもらえる社風かどうかが、将来の年収に響いてきます。
基本情報技術者試験や応用情報技術者試験といった資格は、それ自体が直接年収を引き上げるというより、上流工程を任せてもらえる根拠のひとつとして評価される傾向にあります。入社前に取得しておくことは、面接での説得材料としても、入社後に希望する案件へ配属される後押しとしても機能します。
SIerの年収に関するよくある質問
- SIerとSESでは、どちらの年収が高くなりやすいですか。
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一般的にはSIerの方が高くなりやすいとされていますが、これは業態そのものというより、元請けの立場を取れているかどうかによる部分が大きいです。SIerを名乗る会社でも下流工程が中心であれば、SESと近い年収水準になることがあります。
- 未経験からSIerに入っても年収は上がっていきますか。
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入社直後の年収は経験者と大きくは変わらない会社が多い一方、資格取得や上流工程への参画を積み重ねることで、30代以降の伸び幅に差がつきやすくなります。入社時点の金額よりも、昇格モデルや教育制度を確認しておくことが将来の年収につながります。
- 有価証券報告書はどの企業でも確認できますか。
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有価証券報告書の開示が義務づけられているのは上場企業などに限られます。非上場企業やベンチャー企業の場合は開示義務がないため、EDINETでは確認できません。その場合は、求人票のモデル年収や口コミサイトの情報を、複数のソースと照らし合わせながら参考にする必要があります。
SIerの年収は、業界平均という一本の数字だけでは語りきれません。会社の分類、商流上の立ち位置、そして開示されている一次情報を組み合わせて見ていくことで、ランキング記事の順位だけでは見えてこない実態に近づけます。志望企業を絞り込む段階では、一度EDINETで有価証券報告書を開いてみて、自分の目で数字を確認してみてください。

